熊本エスペラント会 (くまもとえすぺらんとかい) 戻る ホーム
 
〒869-1101
熊本県熊本市中央区
白山2丁目7-5-501
TEL 090-5922-8703
 
【代表者名】  原田 作(はらだ )
【設立年月日】  1922年10月1日
【個人会員】  20
【年会費】  5000円
【刊行物】  Vojo Senlima
【活動分野】  平和・核問題,国際交流,教育・子ども
勉強会の様子

 
○活動内容
大学でのエスペラント熱
第89回世界エスペラント大会は北京で7月23日から
31日まで開かれた。この大会では、第92回世界エス
ペラント大会を日本の横浜で開催することも発表さ
れた。
熊本エスペラント会からは、この大会に一人が参加
した。その時の印象を大学など高等教育機関でのエ
スペラント教育を中心に報告したい。
大会場には保育室が設けられていた。これは1986年に北京で開かれた大会とは違った状況であった。
女性の参加者が多くなったこと、子供の時からエスペラントを教える家族が出てきたことを示しているのではないか。保育室には中国の子供が大部分であった。しかし、和服を着たこどもや、顔付きから欧米系とみられる子供もいた。
保育室の運営は殆ど中国語で行われていた様だ。
一人の保母にエスペラントで写真撮影の許可を申し出たら、責任者らしい人を指さした。この方はある程度エスペラントを話せた。
大会運営には多くの若者が参加していた。シャツの
文字を見ると北京大学、北京放送大学、西安翻訳学院などとあり、特に西安翻訳学院のシャツを着た若者が目立った。
話によると、西安翻訳学院では学生から100名を選び,
3ヶ月エスペラント特訓をして、その内から30人を
ボランテイアとして大会に参加させたとのことである。
西安翻訳学院のシャツを着ていた女性に話しかけてみた。驚くような会話能力であった。
別の会合で、これらの学生よりずっと幼い顔の若者が十名ぐらい集まっていた。
話しかけたが顔 を見合わせるばかり。年輩の男の人が出てきて紙に”Tibeto, mezlernejo”と書いて くれた。エスペラントで”Vi venas el Tibeto!  
Ili estas lernantoj de mezlernejo!(チベットから来たのですか!皆さん中学生!)"と少し驚いて、
エスペラントを口にしたら、その年輩の男性はうなずいていた。
中国の西の果てチベットにもエスペラントの風は
到達しているのである。
大会場では色々のチラシが配布されていたが、
その中の二つにはエスペラントを導入したことを
書いている高等教育機関のチラシがあった。これらは上に出てきた大学とは違う機関であった。
エスペラントを教科目に入れていることが、学校のセールスポイントになっているような気配さえした。
事実、1986年以来、何回か会ったり、手紙などによる交流が続いている西安の友は「陜西省ではいろいろな大学からエスペラント教師はいないかと問い合わせがよく来る。
エスペラント教師は有望な就職先になっている」
という話を聞いた。
中国でエスペラント教師の需要あるという社会経済的理由は、私にはいまのところよく解らない。
韓国エスペラント協会会長が「国立外国語大学が
来年からエスペラント講座を導入する。国立大学
では始めてのことであるが、これは韓国の高等教育機関に大きな影響を与えるはずだ」と二箇所の分科会で発言しているのをきいた。
話によると韓国では、就職時”秀”や”優”の数が多いほど有利だとのことだ。
そんな社会的背景もあってか、私立大学ではかなり前からエスペラント教育は盛んで、一大学で毎年500名の学生にエスペラントを拡声器で教えている所さえある。また、釜山ではエスペラントを教えている私立の準看護士学校があると言うのもこのような社会的背景を示しているのかも知れない。
エスペラントは良い成績が取りやすい言語なのだ。
いま、日本の大学でのエスペラント教育を受けた学生の卒業者数は数十名、あるいはそれ以下であろう。
だから、日本のエスペラント界の老齢化は社会の老齢化以上に進んでいる。あと10年も経てば、日本は少なくとも中国や韓国よりエスペラントでは後進国になる可能性がある。
このような状況は状況として、1985年のユネスコ決議の勧告の精神に則り、国際交流関係団体、企業、行政機関、特に大学関係者がエスペラントについて適切な認識を持ち、エスペラントをそれぞれの機関活動の中に取り入れるよう努力して貰いたい。
今は、2006年に日本エスペラント運動百周年を迎えようとしている時期でもあるから、なおのことだ。


 
 


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